しからず。一杯又一杯、※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]顏終に花と映發するに至りて、樓を下りぬ。
降りつゞきし雨、路上に微泥をとゞめて、空さりげなく、片雲だになき好天氣、日影ほか/\と暖きに、醉さへ加はりて、陶然として歩す。橋ある毎に路を轉じつゝ、行けども/\櫻未だつきず。喜平橋にいたりて、渇を覺ゆるまゝに、吹き亂れたる櫻樹の下の茶店に休息し、酒にうけし花片を、茶にうけて飮むも、いとをかし。櫻橋よりこの橋まで、五十町にも餘るらむ。花を觀つつ徐歩し來りて、毫もその遠きを覺へず。その水上半里ばかりは、櫻樹なほたちつゞけりとかや。見下す水は、花をのせつゝ流れゆく。流れ/\て何處か春のとまりなるらむ。その流れゆく花に、人生の無常を感ずるも、事ふりにたれど、何となく心悲しく覺ゆ。嗚呼、花開き、花落つる間、今年の人は去年の人ならず。今年花を見る人、明年は何の處にかある。花は散り易く、青春の夢は覺め易し。戀は流水と去りて、浮世の仇波に漂ふ人の身の、夢ならでは、また舊歡を追ふべからず。まことに運命をかこつことの益なきを知れど、酒さめて、涙のおのづから落つるを如何せむ。落花聲なく、流水語らず。
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