水に出づ。櫻橋とて、小さき橋架かれり。兩岸の櫻、あたらしく植ゑられて、樹なほ小に、十四町の間、小金井の櫻の後をつぎたれど、その吉野の種ならぬは、貂を續げる狗尾とも見るべくや。流れにさかのぼりゆけば、若木つきて、老木あらはれ、小金井の櫻の眞のながめ、漸くはじまらむとす。
 見渡す上流は、幾重の香雲、ふりかへる下流も亦幾重の香雲。人はその香雲堆裏をたどりゆく。上水の兩岸、みな櫻、幹古りて大に、その小なる者も合抱に下らず。たけ高く、枝しげり、清く碧なる一帶の水を夾むで、相合せむとして合せず、美人紅袖をかざして相倚らむとするものの如し。誰か言ふ、流水の幅せまきに過ぐと、せまきが故に、兩岸の櫻相抱かむとする奇觀あるにあらずや。げに限りも知らぬ花の隧道、下ゆく水に映じて、上下みな花、堤の上には、青草氈を敷き、紅なるぼけの花さきつゞきて、一種の花紋を添へ、見上げ見下すながめ、目もあやに、幾んど、應接に遑あらず。
 二列の櫻樹の外には、麥畑あり、茶畑あり。雜木林たちつゞき、茅屋點綴す。その間、到る處、よしず張りの茶店を構へ、茶烟輕く※[#「風にょう+昜」、第3水準1−94−7]る處、小杜の禪榻ならで、
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