止まりたれど、ひま/\に開きし畑、一人食ふには餘りあり。息子ども頻りに家に歸れといひ越せど、畑が惜しさに、寂しさを怺へて、住み居るなり。あれ見られよ、あの水楊は、始めてこゝに來りし時、杖にせるものをさしたるが、あの通りに生長せりとて、指ざす方を見れば、ほゞ一抱へもありて、青々として屋を蔽へり。狹長なる畑、山崖と溪流との間にあり。この山の一木一草、すべてこの翁の一代記を語るとばかり思はれて、ゆかしくもあり、あはれにもあり。老人は話相手ほしき顏付なれど、日暮れぬ程にとて、又上りゆく。二里の路に、五時間もかかりけるが、山上近くなれば、四郎俄に元氣になり、待て/\といふをも聽かず、兩親より二三町も先きになりて宿につきたり。

        五 九十九谷

神野寺より東すれば、六町にして九十九谷に至り、西すれば、十二町にして鳥居崎に至る。神野寺に詣で、九十九谷と鳥居崎とに行けば、鹿野山の遊覽は、一と通り終れりと云ふべし。九十九谷は公園となりて、芝生ひろし。掛茶屋あり。仰げば、石磴三百級、岌々として天に朝す。其上に白鳥神社を安置す。この祠、日本武尊を祀る。鹿野山は日本武尊が兇賊を討滅し給ひたる故
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