で來た烏』、
[#天から2字下げ]錢のないのにかはう/\と
『錢のないのにかはう/\と』と和す。この俗謠の調子をもじくりて、
[#天から2字下げ]湊町から上つて來る四郎
背中の上にて、同じく、『湊町から上つて來る四郎』、
[#天から2字下げ]足のあるのにおんぶ/″\
と云へば、イヤ/\とて、身體をゆすりて泣聲を出す。そんなら歩けとて、背中よりおろす。又ぐづつく。又負ふ。『鬼涙山から』を歌ひ、順次、『足のあるのに』に至りて、またおろす。寶龍寺の部落を離るれば、山と山と相迫りて、唯※[#二の字点、1−2−22]一條の血染川と細逕とを餘すのみなり。一軒の茅屋あり、短籬の外、溪水ちよろ/\流る。紫なる紫陽花、紅なる華魁草、水邊に相映發して、いと風趣あるに、水に汗を洗ひ、花に對して休息す。腰のまがりかけたる一老人下り來り、お茶でも飮んで行かれよといふは、この家の主人と見えたり。年を問へば、七十二歳なりといふ。山中の一軒家、さぞ寂しからむと云へば、この春、妻死して、今は獨棲の身、雨の降る夜などは、寂しさに堪へざることあり。もとこの山に牛を放養せし時、番人に雇はれて來り住みたるものなるが、牧牛の事は
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