の人之を殺さむ。さらばとばかり、腹には涙、劍は武士が浮世の役目、已むを得ず、首うちおとしけるが、つく/″\無常をさとりて、國へもかへらず、そのまゝ出家して、名を浮世と改め、懇に弘次の菩提を弔へりとぞ。熊谷直實が敦盛に於けると、前後好一對の美談也、この國府臺の公園の一端にある墓は、即ちこの弘次の墓也。傍に露出せる石棺は別にて、上古の制也。
 北條方の事を云へば、氏康は、綱成父子、松田の三人をよびて、大いに之をねぎらひ、今度の戰捷は、汝等三人の力によれり。汝等三人は、我家に於ける漢の三傑なりと賞揚しけるとかや。
 國府臺にては、二度とも敗れたれど、義弘は智勇の名將也。之を先きにしては、安房より進んで、三浦にて北條を破り、海を隔てて、三浦半島を占領せり。國府臺の敗後、北條氏政が佐貫に攻めよせたるに、大いに之を破りて、氏政をして、わづかに身を以て免れしめたり。一勝一敗、義弘は、名將たるに恥ぢざる也。この國府臺の戰の如何ばかり烈しかりしかは、兩軍の死者を數へてもわかるべし。曰く、北條方は三千七百六十人、里見太田方は五千三百二十餘人、凡そ全軍の四分の三也。
 一瓶の酒つきむとして、肴のするめは、多
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