水太郎左衞門といふ剛勇の士あり。老いたれど、無雙の大力なり。樫棒をふりまはして、手當り次第に、薙ぎ倒す。張本人の太田新六郎、之と鬪ふ。いづれも大力なるが、武器に差あり。新六郎の太刀は、清水の樫棒に折られたり。殘念でたまらず、ひきかへして、八尺の鐵棒をもち出し來たる。清水をさがせど、見えず。今は敵を擇ぶべきにあらずとて、見る間に、十八九人を薙ぎ倒す。恐れて近づくもの無し。遠山丹波守馬を進めて、新六郎に向ひ、今日の振舞見事なり。さりながら、なまじひの軍して、雜兵の手にかゝらむより、兜を脱いで來たるべし。わが功にかへて、舊領安堵ならしめむと云へば、あな、事も愚かや。斯かる大事を思ひたちたる身が、何の面目あつて、再び南方に歸るべき。一死は素よりの覺悟なり。いつにかはらぬ御志は、かたじけなけれど、うつも、うたるゝも、戰場の習ひ、御免候へとて、一撃の下に、之をうちつぶす。富永も討死せり。斯くて、先陣の二將は、屍の上の恥辱はうけざる也。北條の軍、終に大いにやぶれて引き退く。氏康、川を渡りて一つになり、綱成の相圖如何にと待つ。綱成は、敵のうしろへまはりたる也。
先陣を遠山、富永二將にゆづりたる達人の
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