った影のような男が、外から硝子扉《ガラスど》にぴったり寄添って、蓬々《ぼうぼう》に伸びあがった髯面を突出しながら、憔悴しきった金壷眼《かなつぼまなこ》で、きょろきょろとおびえるように屋内を見廻していたが、直ぐに立上った女の視線にぶつかると、こっそり眼配《めくばせ》でもするように頤《あご》をしゃくって、そのまま外の闇へ消えてしまった。
 それは沈没船北海丸の砲手、死んだ筈の小森安吉だった。

          二

 酒場の中では、人々が総立ちになった。
「お前の、亭主じゃないか」
 丸辰が、すっかり酔のさめた調子で云った。若い水夫が、顫え声で、
「人違いだろう?」
「いや、人違いじゃあねえ。わしは、この根室に出入する男の顔は、今も昔も、一人残らず知っている」丸辰は、立ちあがりながら、「あいつア、確かに北海丸の安吉だ」
「じゃア、生残っていたんか」
「助かって、今頃帰って来たんかな」
 けれどもやがて女は、ものも云わずに、扉口《とぐち》のほうへ馳《か》けだして行った。人々もその後から雪崩《なだれ》を打って押しかけた。霧の戸外へ向った扉《ドア》がサッと開けられると、最初に飛出した女は、仄
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