て滅入《めい》り込むのが常だった。
今夜も、とどのつまり、それがやって来た。
海から吹きつける海霧《ガス》が、根室の町を乳色に冷くボカして、酒場の硝子《ガラス》窓には霜のような水蒸気が、浮出していた。真赤に焼けたストーブを取巻いて、人々は思い出したように酒を飲んだ。冷くさめ切った酒だった。
外には薄寒い風が、ヒューヒューと電線を鳴らして、夜漁の船の発動機がタンタンタンタンと聞えていた。なぜか気味の悪いほど、静かな海霧《ガス》の夜だった。人々は黙りこくって、苦い酒を飲み続けた。
けれども、そうした白けきった淋しさは、永くは続かなかった。
全く不意の出来事であったが、いままで酒臭い溜息をもらしながら、ボンヤリ人々の顔を見廻していた砲手の未亡人が、突然ジャリンと激しく器物を撒《ま》き散らしながら、テーブルを押し傾《かし》げるようにして立ちあがった。顔色は土のように青《あお》褪め、恐怖に見開らかれたその眼は、焼きつくように表の扉口《ドア》へ注がれている。
水蒸気に濡れたそこの硝子扉《ガラスど》には、幽霊の影がうつっていた。――ゴム引きの防水コートの襟を立てて、同じ防水帽を深々とかむ
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