の港には、やがてまた押し迫って来る結氷期を前にして、漁期末の慌しさが訪れていた。
「どかんと一発撃てば、それでもう、三十円丸儲けさ」
夜になると底冷えがするので、もう小さな達磨《だるま》ストーブを入れた酒場では、今夜もまた女の愚痴話がはじまっていた。
「人間なんて、あてになるもんじゃないよ……ね、そうじゃない? 丸辰《まるたつ》のとっつあん……」
「みんな、鯨の祟《たた》りだよ」
丸辰と呼ばれた沖仲士らしい老水夫は、酒に焼けた目尻をものうげに起しながら、人々を見廻わすようにして云った。
「鯨の祟りだよ。仔鯨を撃つから、いけないんだ」
「とっつあん。また、ノルウェー人かい?」
トロール漁船の水夫らしい男が、ヤジるように云った。
鯨の祟り――しかしそれは、一人丸辰の親爺だけではなく、北海丸の沈没の原因について、根室港の比較的歳取った人々の間に、もうその当時から交されていた一つの風説だった。まだ日本の捕鯨船にノルウェー人の砲手達が雇われていた頃から、その人達によって云い伝えられた伝説だった。
「仔鯨を撃つ捕鯨船には、必らず祟りがある」
宗教に凝った異邦人達は、そう云って仔鯨撃ちを恐
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