た。釧路丸以外にも、附近を航行していた汽船の中には、その信号を聞きつけた貨物船が二艘あった。しかし、海霧《ガス》に包まれた遭難箇所は、水深も大きく、潮流も激しく、荒れ果てていて到底近寄ることは出来なかった。
小船の北海丸は、浸水が早く沈没は急激だった。海難救助《サルベージ》協会の救難船が、現場に馳《は》せつけた頃には、もう北海丸の船影はなく、炭塵や油の夥しく漂った海面には、最初にかけつけた釧路丸が、激浪に揉まれながら為《な》す術《すべ》もなく彷徨《さまよ》っているばかりだった。
S・O・Sによれば、遭難の原因は衝突でもなければ、むろん坐礁、接触なぞでもなかった。ただ無暗と浸水が烈しく、急激な傾斜が続いて、そのまま沈没してしまった。しかし、まだ老朽船と云うほどでもない北海丸が、秋口の時化《しけ》とは云え、何故そんなに激しい浸水に見舞われたのか、それは当の沈没船から発せられた信号によってさえも、聞きとることは出来なかった。捜査は、救難船と釧路丸の手によって続けられた。けれども時化《しけ》があがって数日たっても、北海丸は発見されなかった。
それから、もう一年の月日が流れている。
根室
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