ド》には黒くまぎれもない釧路丸の三文字が、鮮かにも飛沫に濡れているのだった。
 ダーン……早くも釧路丸の船首には、銛砲《せんぽう》が白煙を上げた。東屋氏が合図をした。隼丸は矢のように走りだした。
「おや」と船長が固くなった。「あいつ、犯《や》っとるな。仔鯨撃ちですよ」
「恐らく常習でしょう」東屋氏が云った。
 釧路丸では、ガラガラと轆轤《かぐらさん》に銛綱《せんこう》が繰《く》られて、仔鯨がポッカリ水の上へ浮上った。するとこの時、前檣《マスト》の見張台にいた男が、手を振ってなにやら喚き出した。近づく隼丸に気づいたのだ。と、早くも釧路丸は、ググッと急角度で左舷に迂廻しはじめた。
 隼丸の前檣《マスト》に「停船命令」の信号旗が、スルスルと上った。時速十六|節《ノット》の隼丸だ。――捕鯨船は、戦わずして敗れた。
 近づいてみると、鯨群は思ったよりも大きかった。逃げもせずにうろうろしているその鯨達の中に、諦めて大人しく止ってしまった釧路丸へ、やがて隼丸が横づけになると、東屋氏、署長、丸辰を先頭にして、警官達が雪崩《なだ》れ込んで行った。釧路丸の水夫達は、ただの違法摘発にしては少し大袈裟過ぎるそ
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