イリ》も、ありますかな? しかしそれは、文字通りの最短距離で、実際上の航路としては、それより長くはなっても、短いことはありませんよ」
「ああ、そうですか」
 東屋氏は、再び双眼鏡《めがね》を覗き込む。
 雲の切れ目から陽光《ひかげ》が洩れると、潮の林が鮮かに浮きあがる。どうやら仔鯨を連れて北へ帰る、抹香鯨《まっこうくじら》の一群らしい。船は、快いリズムに乗って、静かに滑り続ける。
 やがて一時間もすると、無電の効果が覿面《てきめん》に現れた。最初右舷の遥か前方に、黒い小さな船影がポツンと現れたかと思うと、見る見る大きく、捕鯨船となって、その鯨群を発見《みつ》けてか、素晴らしい速力《そくど》で潮の林へ船首を向けて行った。
「さア、あの船に感づかれないように、もっと、うんとスピードを落して下さい」
 隼丸は、殆んど止まらんばかりに速度を落した。人々は固唾《かたず》を呑んで双眼鏡《めがね》を覗いた。捕鯨船は、見る見る鯨群に近付いて、早くも船首にパッと白煙を上げると、海の中から大きな抹香鯨の尻穂《しっぽ》が、瞬間跳ね曲って、激しい飛沫を叩きあげた。――しかし、人々は、苦笑しながら双眼鏡《めがね
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