くれなかったのさ」
「う、そこんとこだよ」と丸辰が弾んで云った。「救けられても、直ぐに帰って来なかったと云うんだから、俺ア、そこんとこに、なに[#「なに」に傍点]かこみ入った事情があると思うんだ。帰って来たくなかったのか……それとも、帰りたくても帰れなかったのか?」
「まさか、監禁されてたわけでも……」と亭主は不意に顔色を変えて、「おい、とっつあん。……北海丸は、どうして、何が原因で沈んだんだったかな?」
「え? なんだって?」と丸辰は、顔をしかめて暫く考え込んだが、「……まさか、お前は、釧路丸が故意に北海丸を……いや、なんだか気味の悪い話になって来たぞ……こいつアやっぱり、鯨の祟りが……」
 そう云って、ふと口を噤《つぐ》んでしまった。
 表扉を開けて、若いマドロスが二人はいって来た。椅子について顎をしゃくった。安吉の妻が煩わしそうに立上って、奥へはいってしまうと、亭主は起直って、客のほうへ酒を持って行った。
「しかし、とっつあん。どうして又お前さんは、そんなに詳しく警察のほうの事情が判ったんだい?」
 再び元の席へ帰って来た亭主は、調子を改めてそう云った。すると丸辰は、思いついたよ
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