一ヶ月ほど前から来とることは確かだ、が、しかし、今はいない。三日ほど前から出漁中で、まだ帰っていないってんだよ。いいかい、つまり事件のあった昨日《きのう》の前々日から、向うの根拠地を出漁したと云うんだぜ。出漁したんだから広い海へ出たんだ。どこの海でどんな風にして捕鯨をしとったか、果してあそこらの海でうろうろ鯨を追っていたのかどうか、さアそいつは誰も見ていた人はないんだから、流石《さすが》の岩倉社長も証明することは出来ないよ」
「いよいよ怪しいな」
「うン、怪しいのはそれだけじゃアない。問題はその釧路丸が、事件のあった昨晩、海霧《ガス》の深い根室《ここ》の港へやって来て、それも人目を忍ぶようにしてこっそり沖合にとまっていたと云うんだから、こいつア変テコだろう。おまけに、その釧路丸の調査について、署長の訪問を受けた岩倉の大将が、サッと顔色を変えて、妙にうろたえはじめたってんだから、いよいよ以ってケッタイさ。つまり岩倉の大将も、釧路丸は日本海にいるなんて云って、根室へこっそり帰って来たことは、出来るだけ隠したい気持なんだ。こいつが、警察の見込みを、すっかり悪くしてしまった」
「そりゃそうだろ
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