ひらめかして、大きく円を描きながら消え去って行った。消え去って行ったのだがやがてまた今度は左の方に舞い戻り、舞い戻ったかと思うと戻り詰めずに再び沖合へ……
 釧路丸は、もうとっくの昔に錨を抜いていたのだ。

          四

「おい、美代《みよ》公。元気を出せよ」
 翌《あく》る日の午下《ひるさが》り。夜でさえまともには見られない疲れ切ったその酒場へ、のっそりとやって来た丸辰の親爺は、そこの片隅で、睡《ね》不足の眼を赤く濁らせ、前をはだけて子供に乳を飲ませながらしょげ込んでいた安吉の妻へ、そう云って笑いながら声をかけた。
「まア、悪い夢でも見たと思って、諦めるんだぜ」
 けれども、女が黙り込んでそれに答えないと、いままでカウンターに肱を突いて、女と話し込んでいたらしい酒場《みせ》の亭主のほうへ、向き直りながら話しかけた。
「昨夜《ゆんべ》の、水上署の大|縮尻《しくじり》を、見ていたかい。沖でグルグルどうどうめぐりよ。見てるほうで気が揉めたくらいだった。……いやしかし、どうもこいつア、思ったよりも大きな事件になるらしいぜ」
「いったい、どうなったんかね?」
 亭主が乗出して来ると
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