落付いて来ると、最初生き帰って来た夫の何者かを恐れているらしい不可解な態度や、あわただしい自分の逃げ仕度など、繰《たぐ》り出すようにしながら、ともかくも首尾を通して説明することが出来るようになって来た。
 やがて、根室の町から港へかけて、海霧《ガス》に包まれた闇の中に、非常線が張られて行った。
 安吉の告げ残した「釧路丸」と云えば、同じ岩倉会社の姉妹船で、北海丸が去年の秋に沈没した折、いち早く救助に駈けつけた捕鯨船ではないか。その船の船長が、安吉の殺害犯人なのだ。手配は直ぐに行届いて、峻厳な調査がはじめられた。
 すると、真ッ先に海員紹介所から、耳よりな報告がはいった。
 それによると、恰度惨劇の起った時刻の直後に、灰色の大きなオーバーを着た恰幅のいい船長《マスター》級の男が、砲手の募集にやって来たが、時間外で合宿所のほうへ廻ると、そこにゴロゴロしていた失業海員の中から、砲手を一人雇って行ったと云うのだ。その船長《マスター》は、なにか事ありげに落付きがなく、顔を隠すようにしていたが、玄関口で雇入れの契約中を立聞きした一人のマドロスは、乗込船の名を、確かに釧路丸と聞いた。
 そこで、波止
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