音がしたとすれば、この灯台よりほかにありませんので、急に堪《たま》らない不安にかられて官舎の玄関までとび出しました。見れば塔の頂上のランプ室は灯が消えて真っ暗です。わたしは思わず大声をはり上げて、ランプ室に当直しているはずの友田君を呼び上げました。すると、その返事のかわりに、こんどはこの塔の根元で、突然大きな地響きが起りました。こいつア大変だと急いでとび出したときに、向うの無電室からわたしとおなじようにとび出して来た、三田村君に出会いました」
 老看守はここで一息ついた。なにかしら錯覚でもおこしそうなこの螺旋階段は、ひどくわたしの神経を疲れさす。わたし達の後から登って来た三田村技手が、このとき口を入れた。
「全くそのとおりです。わたしも風間さんとおなじように気味の悪い音を聞きました。そしてこの下の入口のところへ来たときに、この塔の頂上のほうから、低いながらも身の毛のよだつような呻《うめ》き声を聞きました……友田さんのでしょう……そしてその呻き声がやむかやまぬに、今度はなんとも名状しがたい幽霊の声を聞いたのです」
「幽霊の声?」
 東屋氏が真剣に聞きとがめた。
「ええ幽霊の声ですとも。あれが人間の声であるものですか!……それは、笑うようでもあれば、泣くようでもあり……そうそう、まるで玩具《おもちゃ》の風船笛みたいでした」
「渡り鳥の中にも、あれに似た声を出すのがあったが」
 と老看守だ。
「いや、似ていますが、あれとはまた全然違います。むしろさかり[#「さかり」に傍点]時の猫の声のほうが、余程似ています」
「ああそうそう、そうだったな」
 と風間看守が引き取って言った。「……そこでわたしは、とりあえず三田村君に無電の方を頼んで、蝋燭の火をたよりにこの階段を登ったのです。そしてこの頂上のランプ室兼当直室で、とうとう、恐ろしいものを……」
「幽霊かね?」
 と東屋所長が言った。
「そうです……あいつは、ランプ室の周囲の大事な玻璃窓《はりまど》を、外から大石でぶち破って侵入したのです」
 ちょうどこのとき、三田村技手が、目の前の階段を指さしながら、大きな叫びを上げた。見れば、うす暗い蝋燭の火に照らし出されて、階段の踏面《ふみづら》にたまったどす黒い血の流れが、蹴上げからポタリポタリとだんだん下へしたたり落ちていた。わたしは思わず息を飲みこんだ。そしてものも言わずにランプ室に躍り込んだわたし達は、とうとうそこでほんとうに化け物の狼籍《ろうぜき》の跡を見たのだった。
 円筒形にランプ室の周囲を取り巻いた大きなガラス窓の、暗黒の外海に面したほうには、大きな穴があき、蜘蛛《くも》の巣のようなひびが八方にひろがり、その穴から冷たい海風がサッとガスを吹き込むと、危なげな蝋燭の火がジジッと焦立《いらだ》つ。うす暗いその光に照らされて、小さな円い室《へや》の中央にドッシリと据えられた、大きなフレネル・レンズのはまった三角筒の大ランプは、その一部に大破損を来し、暗黒のその火口からは、石油ガスが漏れているらしく、シューシューとかすかな音を立てていた。そしてその大きなカップ状の水銀槽にささえ浮《うか》められた大ランプの台枠《だいわく》の縁《ふち》には、回転式灯台特有の大きな歯車が仕掛けてあるのだが、その歯車に連なる精巧な旋回装置は無残にも粉砕されて、ランプの回転動力なる重錘《おもり》を、塔の中心の空洞につるしているはずのロープは、もろくも叩《たた》き切られていた。
 けれども何にもまして無惨で思わずわたし達の眼をそむけさしたのは、破壊された旋回機のかたわらに、口から血を吐き、両の眼玉をとび出さして、へなへなとつくね[#「つくね」に傍点]たように横たわっている友田看守の死体だった。そしてなんとその腹の上には、ひどく湿りをおびた巨大な岩片《いわ》が、喰《く》い込むように坐《すわ》っているのだ。
「……これやアひどい……ずいぶん大きな石ですね」
 東屋氏が口を切った。
「さあ、四、五十貫はありますね」と三田村技手が言った。
「こいつア大の男が二人かかっても、この塔の上まではちょっと運べませんね……まして、外の海のほうから、三十メートルの高さのこのガラス窓を破って投げ込むなんて、正に妖怪《ようかい》の仕業《しわざ》ですよ」
「で、あなたの見た幽霊というのは?」
 と東屋氏が、風間老看守のほうへ向き直った。すると老看守は引ッつるように顔を顰《しか》めながら、
「……先ほど申しましたように、わたしはこの室《へや》へ入った瞬間に、その割れた玻璃窓の外のデッキから、それは恐ろしいやつが、海のほうへ飛び込んだのです……それは、なんでも、ひどく大きな茹蛸《ゆでたこ》みたいに、ねッとりと水にぬれた、グニャグニャの赤いやつでした……」
「蛸?」
 と東屋所長が首をかしげた。
「蛸
前へ 次へ
全8ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング