忙しくなったので、その日はひとまずそのままで、忘れるともなく過してしまった。

 さて、その翌日、三の字旅行会の案内人は、いつものように到着ホームへやって来ると、何分自分は、一介の雇人であるから、詳しい話は知らないがと、伝さんへ念を押して、昨日の続きをやりだした。が、その話は仲々の永話で、とても汽車を待っている位の短い間で、一度に聞かれるようなものではなく、それから三日四日と度《たび》を重ねて、やっと聞かされ終ったところによると――なんでも、その三の字旅行会というのは、只の営利的な旅行協会みたいなものとは全然違って、一種の慈善的な奉仕会であって、陰徳を尊ぶ会長の趣意に従って、会長の名前にしろ、全然秘密であるが、大体その会の仕事というのは、或る一定の地方に住っている両親のない三十歳以内の婦人で、東京方面へ旅行をしたいという人の為めに、汽車賃と滞在費と、それから小遣いの三通りの経費を全部提供して、全く無料の暢気《のんき》な旅をさせようという、まるで嘘みたいな話であった。尤も、それだけに条件も一寸面倒臭く、いま云ったような資格者で、その地方にあるその会の支部長の推薦がなければならないのであっ
前へ 次へ
全21ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング