先を馬のように蠢《うごめ》かしながら、なにか盛んに書物を漁り始めた。私は、ふと自分達の乗って来た馬のことを思い出した。この邸《やしき》へ来た時に日蔭へ縛りつけたなり、まだ一度も水をやってない――で、急に心配になった私は、そのままそそくさと船室《ケビン》を出た。
 冷たい水を馬に飲ませている間に、私は、天候がひどく悪化した事に気付いた。辺りはますます暗く、恐ろしい形相の黒雲は、空一面に深く低く立ち迷って、岬の端の崖の下からは、追々に高くなった波鳴りの音が、足元を顫わせるように聞えて来る。
 私は玄関《ポーチ》の横の長く張り出された廂《ひさし》の下を選んで、馬を廻した。これらの仕事を、随分手間取ってやっと為《な》し終えた時に、東屋氏がやって来た。
「君、多分この家の電話は、長距離だったね? 済まないがひとつ交換局を呼び出してくれ給え。そして三重県へ掛けたいのだがね、番号が判らないんだ。多分、鳥羽《とば》の三喜山《みきやま》海産部で好いと思うが、ま、そう云って問い合して見てくれ給え。そして、大急ぎでそいつを呼び出すんだ」
 東屋氏はそのままホールの方へ這入って行った。私は廊下の電話室で、命令
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