て、相変らず足の速い片雲の影が、芝生の上に慌だしい明暗を残して掠《かす》め去る。――何気ない風を装いながらも、あれで東屋氏も私と同じように、失望したに違いない。が、やがて彼は振り返ると、さも平気な様子で、
「如何ですか黒塚さん。白鮫号の泡の跡を御検分なさいますか?」
「もう、それにも及びますまい」
「そうですか。では、警察官が着くまで、暫く白鮫号を、私達にお貸し下さいませんか?」
「どうぞ御自由に」
すると東屋氏は、私の肩を叩きながら、わざと向うへ聞えるような大声で、
「おい、鳥喰崎へ行って見よう」
四
低気圧がやって来ると見えて、海は思ったよりもうねりが高かった。急に吹き始めた強い南風に先の尖った小さな無数の三角波を乗せて、深谷邸のある岬の方へむくむくと押しかけて行く。堪えられないほど陰気な色の雲が、白けた太陽の光を遮る度に、或は濃く或は薄く、水の色が著るしく映え変る。と、横ざまの疾風《はやて》を受けて、藍色の海面は白く光る、小さな風浪《かざなみ》に覆いつくされ、毒々しい銀色にきらめき渡る。白い冷たいその海の彼方には、暗緑の鳥喰崎が、折りからの雲の切れ目を
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