。
間もなく上品な装幀の日記帳が届けられた。洋吉氏は早速|頁《ページ》を捲《め》くる。
「ええと、これは先月……これこれ、恰度三日前のが記入してあります」
「ははあ、五三・三四〇|瓩《キロ》ですね……あ、この三八・二二〇|瓩《キロ》と云うのは? ああ奥さんのですな。いやどうも、有難うございました」
東屋氏の語尾が掠《かす》れるように消えると、瞬間、緊張した、気不味い沈黙がやって来た。
東屋氏はそれとなく身を反らして数字をノートへ記入しながら、素早く引算をするらしい。私も戸外を見るような振りをして、大急ぎで暗算を始める。例の一九〇・九二〇|瓩《キロ》から深谷氏の五三・三四〇|瓩《キロ》を引くと……一三七・五八〇|瓩《キロ》――これが例の深谷氏の二人の同乗者の重量だ。ところが黒塚、洋吉両氏の合計は一一〇・六八〇|瓩《キロ》。同乗者の乗量より二六・九〇〇|瓩《キロ》も少い。――昨夜深谷氏と共にヨットへ乗っていたのは黒塚、洋吉の両氏ではない。私は何故か軽い失望を覚えて東屋氏を見た。すると彼は、黙ってノートをポケットへ仕舞って、静かに外の芝生のほうへ歩き出した。
大分風が強くなったと見え
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