寸鉤形に曲っていて、そこに小さなよどみ[#「よどみ」に傍点]と云いますか、入江になった吹き溜りがあります。その吹き溜りには、濃い茶褐色の泡が平常《いつも》溜っています……去年の夏水泳をしながらあの中へはまり込んで、随分気味の悪い思いをしましたから、よく覚えていますよ」
「ああそうですか。……時に貴方は、大変チョコレートがお好きだそうですな?」
このぶっきら棒な質問には、明かに洋吉氏も驚いたと見えて、複雑な表情《かお》をして東屋氏を見返した。
「ああ、いや」と東屋氏は妙な独り合点をしながら、「実は今朝、ヨットの中にチョコレートのチューブがあったそうですので、私はまた、貴方が昨晩……」
「冗談じゃあない」
洋吉氏が流石《さすが》に色をなして遮った。「成る程私は、チョコレートが好きです。が、あれは、昨日の午後に、姉と二人で帆走《セイリング》した時の残りものです。昨夜は、僕は黒塚さんと一緒に、おそくから山の手を散歩していたんです」
「ははあ、ではその御散歩中、ひょっと怪しげな人間に逢いませんでしたか?」
「逢いませんでしたよ」
と今度は、いままで黙って巻葉《シガー》を燻らしていた黒塚氏が
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