たまま、窓の外を見ながら東屋氏が口を切った。
「あの柱《マスト》は、何になさるのですか?」
「あああれは、汽船《ふね》の気分――を出すためとか申しまして」
夫人が物憂げに答えた。「あれも主人の、趣味でございます」
「尖端《さき》の方に妙な万力が吊るしてありますな?」
「ええ、そう云えば、時にはあの尖端《さき》に燈火《あかり》を点けることもございました……年に一度か二度のことですが、なんでも、いつもより少し遠く、沖合まで帆走《セイリング》する時の、目標《めじるし》にするとか申しまして……」
「ははあ」
と東屋氏はいずまいを改めて、
「いや、随分いい眺望《ながめ》ですなあ」
「お気に召しましたか?」
洋吉氏が口を入れた。
「いや、全く美しいです。こんな美しい海岸でしたら、穢い泡などが浮き溜っているようなところはないでしょうなあ?」
すると洋吉氏は、
「いや。ところがあるんですよ」
と窓の外を指差しながら、「ほら、あそこに、静かな内湾のこちらに、妙に身を曲《く》ねらした、処々に禿山のある岬が見えますね。あの岬は鳥喰崎《とりくいざき》と呼ばれていますが、あの先端《さき》の向う側が、一
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