いいえ、キャプテンお独りだけでございました」
「何時《いつ》頃出られたんです」
 東屋氏は益々執拗だ。
「さあ、存じませんが……早川さんと私は、それぞれお先へ寝《やす》まして戴きましたので――」
「ではどうして、キャプテン独りで出られたのが判ったのです?」
「それは……」と彼女は明かに困った風で、「でも、ヨットは今朝、キャプテン独りだけで漂っていましたので」
 東屋氏は一息つくと、改めて云った。
「キャプテンは、随分変った方でしたね?」
「ええ。風変りでいらっしゃいました。……そして、なんでも『これは儂《わし》の趣味じゃ』と被仰《おっしゃ》るのが口癖でございました」
 やがて私達は、崖道を登り詰めた。
「物置のある別館《はなれ》と云うと、あれなんですね?」東屋氏は岬の最尖端の船室《ケビン》造りの建物に向って、歩きながら言葉を続けた。
「もう少し、私と話をして下さい」
「はい」
 彼女は仕方なさそうについて来た。
「あの黒塚さんと云う方は、どう云う人ですか?」
「ああ黒塚様ですか」と彼女は幾分元気づいた様子で、「なんでもあの方は、以前キャプテンの乗っていらした汽船で事務長をなさっていらっ
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