二

 恰度これから午後にかけて干潮時と見え、艶《つや》のある引潮の小波《さざなみ》が、静かな音を立てて岩の上を渫《さら》っていた。
 キャプテン深谷氏のヨット、白鮫号は、まだ檣柱《マスト》も帆布《セイル》も取りつけたままで、船小屋の横の黒い岩の上に横たえてあった。最新式のマルコニー・スループ型で、全長約二十|呎《フィート》、檣柱《マスト》も船体《ハル》も全部白塗りのスマートな三人乗りだ。紅《あか》と白の派手なだんだら縞を染め出した大檣帆《メンスル》の裾は長い檣柱《マスト》の後側から飛び出したトラベラーを滑って、恰度カーテンを拡げたように展ぜられ、船首《プラウ》の三角帆《ジブ》と風流に対して同じ角度を保たせながらロープで止められたままになっている。舵は浮嚢《うきぶくろ》を縛りつけたロープで左寄り十度程の処へ固定され、緑色の海草が、舵板《ラダー》の蝶番へ少しばかり絡みついていた。
 東屋氏はロープの端の浮嚢を指差しながら下男に訊ねた。
「御主人の屍体はこの浮嚢へ通されて船尾《スターン》に結びつけてあったんですね?」
「ええ、そうです」
 下男が答えた。
 東屋氏は頷きなが
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