、もう今朝は、こんなことになりまして……」
 夫人はここで始めて眼頭に光るものを見せると、堪え兼ねたように面《かお》を伏せてしまった。
 私達は、顔を見合せて、席を外すことにした。
 廊下に出ると、私は東屋氏に寄りそうようにして云った。
「……驚いたねえ……大変なことになったものだ」
 すると東屋氏は、考え深そうに、小声で云った。
「深谷氏の怖れていた奴が、明日の午後、つまり今日、でなくて昨夜やって来たわけだな」とそれから急に改まって、「君、警察の連中が此処へ着くまでには、まだまだ時間があるよ。遠い凸凹《でこぼこ》道だから、三時間は充分かかる。ね、ヨットを見せて貰おう。昨夜深谷氏が乗ったと云うその問題のヨットだ。……僕はなんだか、ひどくこの事件に興味を覚えるよ」
 そう云って彼は、私の肩に手をかけた。
 本来私は、余り好事家《ものずき》のほうではないつもりだが、東屋氏にこう誘われると、どうしたものか理性より先に口のほうが「うん、よし」と返事をしてしまった。
 そこで私達は来合せた洋吉氏に断って玄関《ポーチ》へ出ると、下男に案内を頼み、岬の崖道を下って岩の多い波打際に降り立った。

  
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