ら、
「きっと、鱶《ふか》に片附けさすつもりだったんだな……ところで貴方《あなた》は、昨夜御主人のお供をしなかったのですね?」
「はい、いつでもキャプテンのお召しがない限り、お供はしないことになっております」
 この物堅いハッキリした下男の答は、ひどく私を喜ばした。東屋氏はなおも続ける。
「いったいキャプテンは、何《な》にしに夜中になぞ、ヨットへ乗るんですか?」
「ただ帆走《はし》り廻られるだけです。あれが、キャプテンの御趣味なんです」
「結構な御趣味ですね」
 東屋氏は皮肉に笑いながら、今度はヨットの中へ乗り込んだ。
「君、警察官が来るまでは、余り現場に触れないほうがいいんだよ」
 けれども彼は私の忠告などには耳もかさず、大童《おおわらわ》になってあれこれと船中を物色していたが、やがて檣柱《マスト》の側へ近附くと、大檣帆《メンスル》の裾の一部を指でこすりながら、
「血が着いているよ。やっぱり深谷氏は、このヨットの中で殺されたんだな」
 私も東屋氏の言葉につい動かされて、近附いて見た。成る程紅白だんだら縞のところに血痕らしい飛沫の痕がある。東屋氏は一層乗気になってヨットの床を調べはじめ
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