、ハッとなって身を退《ひ》いた。
紳士の不機嫌《ふきげん》が、クルミさんの心を鞭打《むちう》ったのだ。が、そればかりではない。もう一つ大きな理由があったのだ。クルミさんは、紳士の右手を、はじめて見たのである。
誰でも知っているように、汽車の窓をしめるには、必ず両手を使わなければならない。それで、今、立ちあがった紳士も、この時はじめて右手をポケットから出して、両手で窓をしめたのであるが、丁度《ちょうど》その右手が、窓の外を見ているクルミさんの顔の前へ来てとまった。が、窓がしまると、素早《すばや》く紳士はその手を引ッこめて、ポケットへ入れ、再び前の姿勢になって、新聞を読みはじめたのだ。
しかし、その短い間に、クルミさんは、紳士の右手を見てしまった。
[#底本では、改行行頭のアキ、脱落]その手は、中指が根元《ねもと》からなくて、四本指である。
「ああ、傷痍軍人《しょういぐんじん》の方か知ら?」
瞬間、クルミさんはそう思って、みるみる身内《みうち》が熱くなった。
「もしそうだったなら、あたしはなんて愚かな少女だろう。そういう立派なお方と、同席したことを不愉快に思っていたなんて!」
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