しかし、すぐにクルミさんの頭の中には、ムラムラとひとつの疑惑《ぎわく》が持上った。
「でも、もし軍人さんだったなら、どうしてそのように貴い御負傷を、こんなに不自然にお隠しになるのだろう?」
――そうだ、たとい、軍人さんでなくって、普通にお怪我《けが》をなさった方にしても、こんなに不自然な、隠《かく》されかたをされる筈はない。
クルミさんは、そう思うと、なんだか前よりも体が引きしまるような気がして、一層小さくなりながら、硝子越しに、ひたすら窓の外を見詰めつづけるのだった。
三
間もなく列車は、横浜《よこはま》を過ぎた。
「ひょっとすると、横浜で下りてくれるかも知れない」
そう、ひそかに心の中で思っていたクルミさんの望みも、すっかり裏切られて、紳士は、相変らずクルミさんの眼の前にいる。それどころか、読みかけの新聞を、帽子をかむったままの顔の上へ乗せるようにしたまま、どうやら居睡《いねむ》りでもはじめたらしく、軽い鼾《いびき》が聞えて来る。この分だと、何處まで行くか知れない。ひょっとすると、国府津よりも向うの、小田原《おだわら》か、熱海あたりまで行くのかも知れない。
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