香水紳士
大阪圭吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)一人の相客《あいきゃく》が割りこんで来た

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)大変もない[#「もない」はママ]ことが
−−

       一

 品川《しながわ》の駅で、すぐ前の席へ、その無遠慮《ぶえんりょ》なお客さんが乗り込んで来ると、クルミさんは、すっかり元気をなくしてしまった。
「今日は、日本晴れですから、国府津《こうづ》の叔母さんのお家からは、富士《ふじ》さんがとてもよく見られますよ」
 お母さんからそう聞かされて、喜び勇んでお家を出たときの元気はどこへやら、座席《ざせき》の片隅へ小さくなったまま、すっかり悄《しょ》げかえって、窓越しに、うしろへ飛び去って行く郊外近い街の屋根々々を、ションボリ見詰めつづけるのだった。
 東京駅発午前八時二十五分の、伊東行《いとうゆき》の普通列車である。
 その列車の三等車の、片隅《かたすみ》の座席に、クルミさんは固くなって座っているのだ。
 日曜日で、客車の中には、新緑の箱根《はこね》や伊豆へ出掛けるらしい人びとが、大勢乗っている。

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