いき》をついた。
やがて紳士は、クルミさんのほうから顔をそらすと、窓の方を背にして、横向きになった。そして、コートの左のポケットから左手で新聞をとり出すと、相変らず右手はポケットへ入れたまま、不自由そうに片手で新聞をひろげて、それを顔の上へかぶせるようにしながら、熱心に読みはじめた。
窓の外を見ていても、クルミさんには、その動作がよくわかるのである。
時々、窓から流れ込む爽やかな風に吹かれて、新聞が、ペラペラと鳴る。すると紳士《しんし》は、その都度顔をしかめて、こちらを見る様子である。
「窓をしめなければ、いけないかしら」
クルミさんはそう思った。
しかし、どうしたものか、妙にからだがすくんでしまって手が出せない。だいたい、この紳士が乗り込んで来てからは、まだ、身動きひとつしていないクルミさんである。それに、窓をしめるとすれば、どうしても、紳士の頭のうしろへ片手を持って行かなければならない。そう思うと、いよいよ固くなってしまうのだった。
突然、紳士が立ちあがった。
そして、窓から外を見ているクルミさんにはものも云わず荒々しい調子で、硝子窓をしめてしまった。
クルミさんは
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