ポケットへ、何故か右手を絶えず突込んだままでいる。
最初、紳士は、車室の中へはいって来ると、通路に立ったまま、素早《すばや》く車内を眺めまわし、まだほかにも席がないではないのに、ふと、クルミさんのほうをみると、さも満足したような表情をチラッと見せて、すぐにやって来ると、クルミさんの眼の前の席へ、大きな体で無遠慮《ぶえんりょ》に、黙ったままドシンと腰掛けたのであった。
そして、笑うでもない、怒るでもない、まるでお面《めん》のような無表情な顔で、クルミさんの顔を、体を、シゲシゲと見るのだ。
帽子はかむったまま、右手はポケットへ入れたままである。
クルミさんは、ヒヤリとして、身をすくめると、窓の外へ顔をそむけてしまった。
列車はいつのまにか、新緑の大森《おおもり》の街を走っている。
空は、すばらしい日本晴れだ。
普通ならば、もうこの辺で、そろそろチューインガムを噛《か》みはじめる予定《よてい》だったのに、いまはそれどころではない。
「折角の楽しみも、これですっかりオジャンだわ」
クルミさんは、横顔のあたりに紳士《しんし》の気味悪い視線《しせん》を感じながら、ひそかに溜息《ため
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