いたが、それでも車室の一番隅っこに、まだ誰も腰掛《こしか》けていない上等のボックスがみつかった。
一番隅っこであったことが、わけもなくクルミさんを喜ばした。
「ここなら、ガムを噛《か》んだって、サンドウィッチを食べたって、恥かしくないわ」
こころゆくまで、一時間半の小旅行が楽しめるのだ。
まず、窓際へゆっくり席をとって、硝子窓《がらすまど》を思いッきり押しあける。と、こころよい五月の微風《びふう》が、戯《ざ》れかかるように流れこんで来た。
やがて、ベルが鳴り、列車は動きだす。そして、クルミさんの楽しい小旅行がはじまったのだ。
ところが――
そうして、まだ十分もしないうちに、列車が品川の駅へとまると、クルミさんのボックスへ、一人の相客《あいきゃく》が割りこんで来た。そしてそのお客さんのお蔭で、とたんにクルミさんはすっかり悄《しょ》げかえって座席の片隅へ、小さくなってしまったのであった。
二
その客は、年のころ四十前後の、眼つきの妙に鋭い、顔も体もいやに大きな、洋服の紳士であった。
中折帽を眼深《まぶか》にかむって、鼠色《ねずみいろ》のスプリング・コートの
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