いるのを聞きつけると、直ぐに寄りそって抱き起したのだが、女は、喘ぎながら、
「……房……房枝……」
と蚊細い声で呻いたまま、ガックリなってしまった。
咽喉《のど》元へ斬りつけられたと見えて、鋭い刃物の創《きず》が二筋ほどえぐるように引ッ掻かれていた。あたり一面の血の海だ。その血の池の端のほうに、窓に近く血にまみれた日本剃刀が投げ捨てられていた。
問題の房枝は、もう人びとが駈けつけた時には、家の中には見当らなかった。房枝だけではない。達次郎もいなかった。ただ、娘の君子だけが、二階へも上れずに、青くなって店先でガタガタと顫えていた。
「青蘭」の女達は、さっきから自分達の見ていた全部の出来事を、簡単にかいつまんで、だがひどく落つきのない調子で、警官に申立てた。例の三人組も、その申立てを裏書きした。この証人達[#「達」は底本では「連」]の申立てと云い、被害者の残した断末魔の言葉といい、早くも警官は事件の大体を呑み込んで、早速房枝の捜査にとりかかった。
煙草屋の二階には、殺人の行われた部屋の他に、裏に面した部屋と、間の部屋と、都合二部屋あった。が、その二部屋ともに房枝の姿は見えなかった。
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