に同じ方角からなにか人間の倒れるような音がドウと聞えて来ると、ハッとなった女達は顔色を変えて立上り、身を乗りだすようにして窓越しに向いの家を覗きみた。
 煙草屋の二階の窓には、その時、たじたじとよろめくような大きな人影がうつったかと思うと、ゆらめきながらその影法師はジャリーンと電気にぶつかり、途端に部屋の中が真ッ暗になった。が、直ぐにそのままよろめく気配がして表の硝子《ガラス》窓によろけかかり、ガチャンと云う激しい音と共にその窓|硝子《ガラス》の真ン中にはまった大きな奴が破《わ》れおちると、そこから影法師の主の背中が現れた。
 殆んど無地とも見える黒っぽい地味な着物を着た、うなじの白いその女は、われた窓からはみ出した右手に、血にまみれた剃刀らしい鋭い刃物を持ち、背中を硝子《ガラス》戸にもたせかけたまま、はげしく肩で息づきながらそのまましばらく呆然と真ッ暗な部屋の中をみつめていたが、すぐに「青蘭」の窓際の人の気配に気づいてか、チラッと振返るようにしながら再びよろよろと闇の中へ掻き消えてしまった。真ッ蒼《さお》で、歪んだ、睨みつけるような顔だった。
「青蘭」の窓際では、「ヒャーッ」と女給達
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