へ行っている娘の君子が、店をしまって、ガラガラと戸締りをしはじめた。煙草屋は、十一時を打つといつも店をしまう。ただ売台の前の硝子《ガラス》戸に小さな穴のような窓が明いていて、そこから晩《おそ》い客に煙草を売ることが出来るようにしてあった。達次郎《たつじろう》――それが房枝の若い情人《おとこ》の名前だったのだが、この男も、どうしたのか、今夜は店先へも顔を出さなかった。
――確かに今夜は深刻だよ。
――達次郎と澄ちゃんの仲、とうとう証拠を押えられたんかな。
女給達は、再び眼と眼で囁き合うのだった。けれどもやがて辺りがどんどん静かになって来て、四丁目の交叉点をわたる電車の響が聞えるようになる頃には、もうカンバンを気にしだした彼女達は煙草屋を忘れて、宵のうちからトラになっている三人組の客を追い出すことに腐心していた。惨劇のもち上ったのは、恰度この時のことだった。
最初、泣くとも呻くとも判らない押しつぶしたような低い悲鳴が、さっきのままで栄螺《さざえ》の蓋のように窓を締められたまま電気のともっていた煙草屋の二階のほうから聞えて来た。
「青蘭」の女達は、期せずして再び顔を見合した。が、直ぐ
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