ラス》窓の向うで、殆んど無地とも見える黒っぽい地味な着物を着た、色の白い女主人の房枝が、男ではない、女店員の澄子を前に坐らせて、なにか頻《しき》りに口説きたてていた。澄子は、いちいち頷《うなず》きもせず、黙ってふくれッ面をして、相手に顔をそむけていたのだが、黒地に思い切り派手な臙脂《えんじ》色の井桁《いげた》模様を染め出した着物が今夜の彼女を際立って美しく見せていた。けれども房枝は、直ぐに「青蘭」の二階の気配に気づいてか、キッと敵意のこもった顔をこちらへ向けると、そそくさと立上って窓の硝子《ガラス》戸をぴしゃりと締めてしまった。ジャズが鳴っていてかなり騒々しいのに、まるでこちらの窓を締めたように、その音は高く荒々しかった。
 女給達は、ホッとして顔を見合せた。そして互に、眼と眼で囁き交した。
 ――今夜はいつもと違ってるよ。
 ――いよいよ本式に、澄ちゃんに喰ってかかるんだ。
 まったく、いつもと変っていた。無闇と喚き立てず、黙ってじりじり責めつけているらしかった。時折、高い声がしても、それは直ぐに辺りの騒音の中に、かき消されてしまった。十一時を過ぎると、母親に云いつけられたのか女学校
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