た着物を看た、若い娘の姿に変ってしまった。
「君ちゃん。ありがとう」
 支配人《バー・テン》が、向うの窓へ呼びかけた。すると窓の女は、静かにこちらを向いて淋しげに微笑んだ。君子の顔だった。
「ご覧になったでしょう。……いや、君子さんと、あの着物は、ちょっとこの実験のために拝借したんですよ」
 支配人《バー・テン》はそう云って振返ると、呆気にとられている警部の顔へ、悪戯《いたずら》そうに笑いかけながら、再び云った。
「まだ、お判りになりませんか?……じゃア、申上げましょう。……いいですか、こう云う事を一寸《ちょっと》考えて見て下さい。例えばですね、赤いインキで書いた文字を、普通の色のないガラスで見ると、ガラスなしで見ると同じように赤い文字に見えるでしょう? しかし、同じように赤いインキで書いた文字を、今度は赤いガラスを通して見ると、赤い文字は何も見えませんよ。……恰度、あの写真の現像をする時にですね……私は、あれが道楽なんですが……赤い電気の下で、現像に夢中になっていると、不意に、直ぐ自分の横へ確かに置いた筈の赤い紙に包んだ印画紙が、どこかへ消えてしまって、すっかり面喰《めんくら》ってし
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