よって来た。支配人《バー・テン》が云った。
「お向いの窓を見ていて下さいよ」
三間ばかり前のその煙草屋の二階の窓には、その時はまだ前と同じように静かに灯《あかり》がともっていたのだが、やがてその部屋の中に人の気配がすると、窓|硝子《ガラス》へ人影がうつった。
こちらの人びとは、何事が始まるだろうと思わず身を乗り出すようにして見詰めていると、窓の影法師は大きくゆらめいて、手を差しのべ、途端にパッと電燈が消えた。
「いいですか。あの時は影法師の主が、ゆらめいた途端に電気にぶつかって、やはりこんな風に暗くなったんですね」
しかし支配人《バー・テン》のその言葉の終らぬうちに、向いの窓が、内側からガラガラっとあけられると、そこから、昨晩人びとの見たと同じような、殆んど無地とも見える黒っぽい地味な着物を着た女の後姿が、白いうなじを見せて暗《やみ》の中にポッカリ現れた。途端に支配人《バー・テン》が、持っていたナショナル・ランプの光を、その女の背中に投げかけた。と、なんと今まで、殆んど無地とも見える黒っぽい着物を着ていた年増女の姿が、不意に、黒地に思い切り派手な臙脂《えんじ》の井桁模様を染めだし
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