げ去った、と見る事は出来ないだろうか? いずれにしても、これは達次郎を調べないことには判らない。
 その達次郎は、しかしそれから間もなく、警官の手にもかからずにふらふらと一人で帰って来た。なにがなんだか、わけのわからぬ顔つきで、問わるるままにへどもどと答えていった。
 それによると、達次郎は、十時からいままで、新橋の「鮹《たこ》八」というおでん屋で、なにも知らずに飲み続けていたということだった。直ぐに警官の一人が「鮹八」へ急行した。が、やがて連行されて来た「鮹八」の主人は、達次郎を見ると、直ぐに云った。
「ハイ、確かにこちら様は、十時頃からつい先刻《さっき》まで、手前共においでになりました。……それはもう、家内も、他のお客さんも、ご存知の筈でございます……」
 係官は、ガッカリして、「鮹八」を顎で追いやった。
 達次郎にはアリバイが出て来た。さあこうなると、捜査はそろそろ焦《あせ》り気味になって来た。表には君子が番をしていたし、裏口には、出たところで焼鳥屋が、誰も通らなかったと頑張っている。表二階の窓は「青蘭」の二階から監視されていたし、裏二階の君子の部屋の窓には内側から錠が下ろしてあ
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