いで気をとり直すと、屈みこんで恐る恐る足元の及川の体に触ってみた。が、むろんそれは、もう生きている人の体ではなかった。
 及川も比露子もかなり烈しく抵抗したと見えて、ひどく取り乱した姿で倒れていた。二人とも額口から顔、腕、頸と、あらゆる露出個所に、何物かで乱打されたらしく紫色の夥しいみみず腫れが覗いていた。しかしすぐに兇器は眼についた。及川の足元に近く、ストーブの鉄の灰掻棒が、鈍いくの字型にひん曲って投出されていた。部屋の中も又、激しく散乱されていた。椅子は転び、卓子《テーブル》はいざって、その上に置いてあったらしい大きなボール紙の玩具箱は、長椅子の前の床の上にはね飛ばされ、濡れて踏みつぶされて、中から投げ出された玩具の汽車やマスコットや、大きな美しい独楽《こま》などが、同じように飛び出したキャラメルや、ボンボン、チョコレートの動物などに入れ混って散乱し、そこにも小さな主人を見失った玩具達の間の抜けたあどけなさが漂っていた。
 もしも私が、この場合まるで知らない人の家へ飛び込んで、そのような場面にぶつかったとしたなら、恐らくこんな細かに現場の有様に眼を通したりしてはいられなかったであろ
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