う。恐怖に魂消《たまげ》て死人と見るや否や、そのまま飛び出して交番へ駈けつけたに違いない。しかしこの時の私には、目に見える恐怖よりももっと恐ろしい目に見えない恐怖があった。私はその家に飛び込むと、真っ先に大事な子供の姿の見えないのに気がついた。妙なことだが、眼の前に殺されている人よりも、奪われた子供の安否に焼くような不安を覚えた。私にも、及川や比露子と同じように、留守中の三四郎に対する責任があった。
三四郎の家は、皆で四部屋に別れていた。そこで私は、おびえる心を無理にも引立てるようにしながら、すぐに残りの部屋を調べはじめたのだが、しかし家中探しても何処にも子供の姿は見えなかった。
ところが、そうしているうちに私はふとあることを思い起して、思わずハッと立止った。それはあの、惨劇の部屋の窓が、引戸を開けられたままでいたことだった。考えるまでもなくこれは確かに可笑《おか》しい。この寒中の夜に部屋の窓のあけ放されている筈はない。二人の大人を叩き殺して子供を奪い取った怪しい男が、その窓から、あわてて戸も締めずに逃げ出して行く姿を私はすぐに思い浮べた。そこで私は、恐る恐る元の部屋に引返した。そ
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