しかしその部屋に入った私が、まっ先に気づいたものは、部屋の片隅の小机の前に延べられた、クリスマス・ツリーの小さな主人《あるじ》の寝床《ベッド》だった。その床は夜具がはねのけられて、寝ていた筈の子供の姿は、見えなかった。主人を見失ったクリスマス・ツリーの銀紙の星が、キラキラ光りながら折からの風に揺れ、廻りはじめていた。
 けれども次の瞬間、私は、その部屋のもう一人の臨時の主人であった及川が、奥の居間へ通ずる開け放された扉《ドア》口のところに、頭をこちらへ向けて俯向《うつむ》きに打倒れている姿をみつけた。私は期せずして息を呑みこんだが、開け放された扉《ドア》口を通して、向うの居間がなんとなく取り散らされた気配をさとると、すぐに気をとり直して境の扉《ドア》口へ恐る恐る爪先立ちに歩み寄り、足元に倒れた人と見較べるようにして居間の中を覗きこんだ。
 そこには、トタンを張った板枠の上に置かれたストーブへ、頭を押付けるようにして、三四郎の妻の比露子が倒れていた。髪の毛が焦げていてたまらない臭気が部屋の中に漂っていた。
 私は、恐れと意外にガタガタ顫えながら暫く立竦《たちすく》んでしまったが、必死の思
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