大事な子供が奪われている。そして窓が明放《あけはな》されて、その外の雪の上に、確かに片手に子供を抱えて行ったらしい片杖のスキーの跡がある――と、ここまで観察されるうちに、もうあなたは、その窓から子供を奪った怪人が逃げ出して行った、と云うように推理されてしまったでしょう。それが、そもそもの間違いなんです」とここで田部井氏は調子を変えて、今度は手真似を加えながら、「じゃア、ひとつ、こういう場合を考えてみて下さい。……いいですか、こう、盛んに雪の降る中を、一人の人間が歩いていたとします。……ところが、その人が歩き続けているうちに、急に雪がやんで、カラリとしたお天気になったとしたら、その場合その人の足跡はどういう風に残りますか?……つまり、雪の降っている時には、足跡はつけられてもつけられる一方からすぐに消えてしまうが、その雪がバタッとやんでしまうと、その雪のやんだところから、始めて足跡がつきはじめるわけでしょう。その足跡を、その人の進行に逆らってこちらから辿って行けば、まるで人間がなくなってしまったように、その足跡は、薄れ、消えてしまうわけでしょう……つまり人が通ってしまったあとから雪が降った
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