犯人は、どうも今日ひょっこり遠方からこんな田舎へやって来た人間じゃあないね。僕は、屹度《きっと》犯人はこの土地で、少くとも服装を自然に改め得る位い以上の余裕ある滞在をした男だ、と考えるよ。そしてその男は、少くともあの場合、黒いトランクを平気でその持主でもない岸田氏に持たせて歩かす事の出来る人間だよ。つまり、極めて常識的に考えて見て、そんな事の出来る人間は岸田氏の親しい同輩か、或は広い意味で先輩か、それとも、そうだ。婦人位いのものじゃあないか――。次にもうひとつ、証言に依ると犯人は岸田氏より小柄で細っそりしていたとあるが、病上りとは言え相当体格のある岸田氏に組付いて、格闘の揚句あっさり[#「あっさり」に傍点]岸田氏を崖の下へ突墜して了ったと言うからには、子供の喧嘩じゃあないんだから、何か其処に特種な技でもない限り、犯人は柄の割に腕の立つ、少なくとも被害者と対等以上の実力家である事だけは認めなけりゃならないね」
 と、黙って歩いていた証人が口を入れた。
「いや、全くその通りで御座居ます。あの方が崖から突墜される瞬間だけは、手前もよく覚えておりますが、それは全く簡単な位いに、……こう、……あ
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