あ、これだ。これがその喧嘩の足跡で御座居ます」
 そう言いながら証人は、急に五六歩前迄馳け出して立止り、地面の上を指差《ゆびさし》ながら二人の方へ振り返った。
 成程彼の言う通り、殆ど崖の縁近く凡そ六坪位いの地面が、其処許《そこばか》りは芝草に覆われないで、潮風に湿気を帯《ふく》んだ黒っぽい砂地を現わしていた。砂地の隅の方には、格闘したらしい劇《はげ》しい靴跡が、入乱れながら崖の縁迄続いている。よく見ると、所々に普通に歩いたらしい靴跡も見える。そしてそれ等の靴跡を踏まない様に取りまいて、警官達のであろう大きな靴跡が幾つも幾つも判で捺した様についている。
 大月は争いの跡へ寄添って見た。
 大きな靴跡は直介のもので、薄く小さいのが犯人の靴跡だ。二種《ふたいろ》の靴跡は、或は強く、或は弱く、曲ったり踏込んだり、爪先を曳摺《ひきず》る様につけられたかと思うとコジ曲げた様になったりしながら、激しく入り乱れて崖の縁迄続いている。そうして、崖の縁で直介の靴跡は消えて了い、その代りに角の砂地がその上を重い固体の墜ちて行った様に強く傷付けられている。下は、眼の眩む様な絶壁だ。
 大月はホッとして振返る
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