、その断崖の犯罪現場へ行って見よう」
二
殆ど一面に美しい天鵞絨《ビロード》[#「天鵞絨」は底本では「天鷲絨」]の様な芝草に覆われ、処々に背の低い灌木の群を横《よこた》えたその丘は、恰度《ちょうど》木の枝に梟が止った様な形をして、海に面した断崖沿いに一段と嶮《けわ》しく突出していた。遠く東の海には犬吠《いぬぼう》が横わり、夢見る様な水平線の彼方を、シアトル行きの外国船らしい白い船の姿が、黒い煙を長々と曳いて動くともなく動いていた。
到頭《とうとう》本来の仕事よりもこの事件の持つ謎自身の方へ強くひかれて了ったらしい大月と、それから秘書の秋田は、間もなく先程の証人の男に案内されて、見晴の良いその丘の頂へやって来た。
証人は海に面した断崖の縁を指差しながら、大月へ言った。
「あそこに喧嘩の足跡が御座居ます。――警察の旦那方が見付けましたんで」
そこで彼等はその方へ歩いて行った。歩きながら大月が秘書へ言った。
「ね、君。考えて見給《みたま》え随分非常識な話じゃないかね。――いくら今日は暖かだったからって、不自然にもそんな白っぽい水色の服など着て、オーバーもなしでいたと言う
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