もなく複雑な気色を両の眼に浮べながら、西側の隅で虎に餌を与えている番人の姿や、東側の露台の上で気球係の男が軽気球《バルーン》の修繕をしている景色に見惚《みと》れていた私に向って、静かに声を掛けた。
「君、虎を見ているのかね。我々も一つ餌にありつこうじゃないか。……こいつはなかなか面白い事件だよ」
 もう喬介は歩き出した。とうとう喬介はこの事件に乗り出してしまったな、と思いながらも、底深い好奇的な魅力に誘われた私は、喬介に従って六階へ降りた。其処で私は電話室に這入り、新聞記者としての私の職責を果すために社への一通りの報告を済ますと、喬介に連れ立って食堂へ出掛けた。
 流石《さすが》に朝の内と見えて、食堂の内部はひっそりしていた。ただ、隅の窓に寄ったテーブルの一つに、司法主任と彼の部下の一人とが、分厚なサンドウイッチに噛《かじ》り附いていた。彼は私達を見附けるや、立上って同じテーブルヘ椅子を取り持ってくれた。私達は快くその椅子に着いた。給仕が私達の註文を取りに来ると、華奢な鉄格子の填《はま》った窓を見ていた喬介は、その少女を捕えて、何階の窓にも一様に鉄格子が填っている、と言う事実を確かめて
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