『有難う。』
 喬介は丁寧に礼を言って彼等の側を離れると、私を顎《あご》で呼びながら船渠《ドック》の方へ歩き出した。
『いや、驚いたねえ。随分クソ丁寧に殺したものだねえ。』
 喬介に寄り添いながら私が言った。
『全くだ。体中傷だらけだよ。心臓の刺傷《さしきず》と後頭部の猛烈な打撲傷――二つの致命傷が一つの肉体に加えられているんだ。そして、その上に身体《からだ》一面に恐るべき擦過傷がある。随分惨忍な殺人だよ。勿論屍体はあの通り麻縄でガッチリ縛り、海の真中《まんなか》へ重《おもし》を着けて沈めたんさ。犯人の頭脳のレベルは決して高いものではないね。まあ九分九厘知識階級の人間でない事は確かだ。だが、推理を起すに当っては、やはり充分な注意を払わなければならん。で、先《ま》ず最初に僕が頭をひねったのは、あの幾通りかの傷や機械油が、被害者の体へ加えられて行った順序だ。確かにあれ丈《だ》けの変化が一度に起ったとは思われん。いや、それどころか各々《おのおの》の変化には、みんなハッキリした順序が見えている。後頭部の打撲傷や身体各所の激しい擦過傷を思い出し給え。あの二通りの傷は、心臓部の刺傷に比較して恐ろ
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