んだな。お内儀《かみ》さん、心当りは御座居ませんか?』
『別に、御座居ませんけど――』
『そうですか。で、御主人は一人で出掛《でか》られた[#「出掛《でか》られた」はママ]んですね?』
『いいえ。源さんが、あの山田源之助さんが呼びに来られて、一緒に出掛けました。』
『御近所ですか?』
『ええ、直ぐ近くですし、それにとても心安い間柄でしたから寄って呉《く》れたんです。出がけに表戸の前で、「あの若僧《わかぞう》すっかり震え上って了《しま》いおった。」とか「今夜は久し振りに飲めるぞ。」とか二人で話し合いながら出て行《ゆ》くのを、妾《わたし》はこっそり立聞きしていました。』
『ほう。好《よ》くそんな話を覚えていられましたね?』
『ええ。前の日まで中気で寝ていた源さんは、その日無理をして仕事に出た為《た》め工場で過《あやま》って右腕に肉離れ[#「肉離れ」に傍点]をして了《しま》ったのです。で、そんな怪我をした弱い中気の体で、又酒など飲んでは――と他人事《ひとごと》ながら心配でしたので、あの話は好く覚えております。』
『いや有難う。それで、そのまま二人共帰らないんですね?』
『ええそうなんです。』
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